[京都]
京都四條 「出雲の阿国」の像・阿国の目線の先には。
「出雲の阿国」像 〒605-0076 京都府京都市東山区川端町
( 最新情報は公式ページ・問合せ先にてご確認下さい。⇒ 公式サイト )
[ 京都四條 「かぶき踊の祖 出雲の阿国」の像 ]
ワンポイント情報☆彡
- [京都・四條] 出雲の阿国の像・阿国の目線の先には。
- [京都・四條] 南座
- [京都・四條] 阿国歌舞伎発祥の地碑・阿国が「かぶきをどり」舞ったと伝わる場所・南座西側
- [東京・京橋] 江戸歌舞伎発祥の地碑・中央上部に「隅切銀杏」中村屋の定紋・東京都中央区京橋
- [東京・銀座] 歌舞伎座130年・37年ぶり2度目の高麗屋三代同時襲名・歌舞伎座
- [東京・銀座] 歌舞伎座
今にも踊り出しそうな感じがしますね。美しいですね( ◠‿◠ )
関ケ原の合戦が終わったばかりの1603年(慶長8)に阿国が「かぶきをどり」舞ったとされる場所が、南座の建物西側辺りでね「阿国歌舞伎発祥地」碑があるよ。
この阿国さん、陣羽織を着て、腰には「ひょうたん」、右手に扇子、左手は刀を肩にかついでいる。当時としてはなかなか斬新な「傾(かぶ)くもの」のスタイルだったのでしょうね。
たしかに阿国さん、顔を少し右に向けたその目線の先は、はす向かいの京都四条「南座」に向いているよね。今の歌舞伎の盛況を満喫している感じですね。
「出雲の阿国」像の碑文 |
かぶき踊りの祖 出雲の阿国 都に来たりて その踊りを 披露し都人を 酔わせる |
- [京都・四條] 出雲の阿国の像・阿国の目線の先には。
- [京都・四條] 南座
- [京都・四條] 阿国歌舞伎発祥の地碑・阿国が「かぶきをどり」舞ったと伝わる場所・南座西側
- [東京・京橋] 江戸歌舞伎発祥の地碑・中央上部に「隅切銀杏」中村屋の定紋・東京都中央区京橋
- [東京・銀座] 歌舞伎座130年・37年ぶり2度目の高麗屋三代同時襲名・歌舞伎座
- [東京・銀座] 歌舞伎座
「かぶき踊の祖 出雲の阿国」像 概要
( 最新情報は公式ページ・問合せ先にてご確認下さい。⇒ 公式サイト )
正式名称 | 「かぶき踊の祖 出雲の阿国」像 |
---|---|
通称 | 「出雲の阿国」像 |
形態 | ブロンズ像 |
作家 | 彫刻家・山崎正義氏(京都)・熊本県生・京都教育大学名誉教授。 |
所在地 | 〒605-0076 京都府京都市東山区川端町 |
営業時間 | - |
休日 | - |
電話 | - |
入館料 | - |
駐車場 | 近隣駐車場(有料)へ
|
アクセス | 【電車】 阪急電鉄 河原町駅[1番出口]~徒歩約3分。 京阪電鉄 祇園四条駅[6番出口]~すぐ。 【タクシー】 JR京都駅~約15分。 |
その他 | 出雲市の「阿国の像」(島根県出雲市大社町修理免735-5) |
年譜・出雲の阿国と南座
- 1603年(慶長 8年) …京都四條河原で出雲の阿国がかぶき踊りをする(歌舞伎発祥)。
- 1607年(慶長12年) …阿国、江戸城で勧進歌舞伎を上演。その後、消息が途絶えたと伝わる。
- 1615~1623年(元和年間) …京都所司代板倉勝重が四條河原の7つの櫓を官許する。
『歌舞伎事始』では、この頃が南座の発祥としている。 - 1629年(寛永6年)…遊女歌舞伎が流行したが禁止。
- 1887年(明治20年)…南北二座改築、南は7月、北は11月に落成。
- 1906年(明治39年)…松竹合名社が南座の経営にあたる。
- 1913年(大正2年) …南座、全面的な改築。
- 1929年(昭和4年) …昭和の南座が新築落成される。
- 1991年(平成3年) …10月、南座新装開場。
- 1996年(平成8年) … 南座の建物が、国の登録有形文化財に登録。
参考資料・サイト
-
国・クニ(阿国)に関する参考史料
- 『御湯殿の上日記』 天正9年9月(1581年10月)
- 『多聞院日記』 天正10年5月(1582年6月):
- 『言経卿記』 天正15年2月(1588年3月)
- 『時慶卿記』 慶長5年7月1日条(1600年8月9日)
京都近衛殿、御所において、雲州(出雲)のクニと菊の2人「ややこ踊り」を演じた記録あり。 - 『当代記』 慶長8年4月(1603年)
- 松竹株式会社公式サイト http://www.shochiku.co.jp/play/minamiza/